え、こだまの世界?

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届いた本 (格差論再考、近代医学の光と影、植物と市民の文化、保健活動の歩み、人間の進化と性淘汰I)

社会政策研究〈8〉特集 格差論再考

社会政策研究〈8〉特集 格差論再考

重要な本が出た。以下、一読しただけで書いた点描的コメント。誤読や誤解に基づくコメントもあると思うので、著者の方々が読んでも怒らないように。

冒頭の橘木氏の巻頭言がおもしろい。格差を論じている社会学者の誰がマルクス主義者と思われるか、とか。「階級」を使うとマルクス主義者、「階層」を使うと非マルクス主義者と想定されるようなので、気をつけよう。「クラス」とかも言わないようにしよう。ついでに、今回の執筆陣に関しても、マルクス主義者かどうか推測してもらいたかった。

後藤氏の論文は気合いが入っているのが感じられるが、残念ながら難しくて読む気にならない。もうちょっと簡単に書いてくれないかな。

橋本氏の論文は日本における格差論の展開の解説の部分がおもしろい。後半の「一般にいわれている『機会の平等と結果の平等』という対比は、誤った問題設定に他ならない」(50)という主張が大変重要だが、もうちょっと展開して、なぜそうなのか、誰が見てもその通りだと思えるぐらいまで説明してほしかった。おそらく、これで論文が一本書ける。

近藤氏の論文はよくまとまっているし、いつもどおりおもしろい。所得格差などの社会経済的格差についてはそれを是認する人も否認する人もいるが、(所得格差が引き起こす)健康格差については、健康(生存)が基本的人権であることを考えれば、そのような異論の余地はないであろう、と最初に論じている。しかし、健康は基本的人権かもしれないが、健康格差の是正が基本的人権の保障の一環かと言われると、やはり異論の余地が出てくるだろう。厳密には、保障されるべき「健康」の定義と、どこまでの健康格差なら認められるか、という議論が必要になる。

橋爪氏の論文は一読しただけではよくわからないが、たぶん格差社会論はマルクス主義的であり、自分は自由主義的な社会論を支持する、と述べているようだ。「格差社会論のあとひとつの特徴は、格差が解消されるべきだと、比較的素朴に主張していることである」(80)というのはもっともらしい。ただ、橋爪氏の主張する自由主義の定義が述べられておらず、「格差社会論が、差異をあるべきでないと考えるのに対し、自由主義は、当然ある差異をなくしてはいけないと考える」(80)のようにしか説明されていない。どうもマルクス主義に対比させて、経済的な意味での自由主義(自由市場)を考えているようだ。たしかに、マルクス主義か(経済的)自由主義かという選択を迫られたら、オレも後者につくが、それはあまりに「素朴」すぎないか。と思うが、もっとよく読めばsubtleな議論をしているのかも。

Parijsのベーシックインカム論については、今後の勉強課題ということで省略。読みは「パリース」(8)で良いのかな。誰か本人に会って、発音を録音してきてほしい*1

斉藤氏の論文はベーシックインカム論に基づき、従来の「機会の平等」とは異なる解釈を打ち出そうとするもの。が、その異なる解釈について論じている部分が短くてよくわからない。たぶん、公正な競争のための機会の平等という発想は、「競争は善いものだ」という善き生の構想にバイアスがかかっているという主張だと思うが、代替案についてもうちょっと説明が必要だろう。

ここまで。それにしても、全体的にロールズが十分に踏まえられていないなあと思う。ロールズをある程度知っている人は、ロールズは乗り越えられたと思っているようだが、ロールズについて十分に議論しないまま、センの議論を展開するのは、プラトンイデア論を説明しないでアリストテレスイデア論批判を解説するようなものだ。『新平等主義』ではロールズやセンについて触れていた山田昌弘氏も、序文ではこう書いている。

新しい形での経済格差に直面して、人々はどのような行動をとったらよいか、そして、どのような形の社会を構築するべきかに関して、明確なモデルがないことが挙げられる。橋爪氏が論文の中で指摘しているように、かつてのマルクス主義モデルでは目指すべき社会の姿が明確であった。マルクス主義モデルが崩壊し、市場モデルに委ねても現実の貧困状態や普通に暮らしている人の不安が解消されるわけではない。このモデルなき状況が、橋爪氏が言うところの「将来のプランなき格差社会論」を生みだしたのだと考えられる。逆に、格差社会論が議論される中で、どのような原理で新しい社会を構築すべきかという社会を構想するモデルが立ち上がる可能性もあることを忘れてはならない。(7-8)

しかし、山田先生、マルクス主義なきあと、自由市場主義しかオプションがないなんて大声で言うと、ロールズがゾンビ化して墓の下で暴れだしますよ。一体、『正義論』以降ここ35年あまりの英米政治哲学の仕事はなんだったのか、ということになる。equalityやjusticeについて、先行研究がきちんと踏まえられていないんだよなあ。なぜか。

  • 英米の議論は価値がない。
  • 価値はあるが、十分に紹介されていない。
  • とくにロールズの主著の翻訳が(以下略)。
  • 倫理学者、法哲学者の怠慢、あるいは密教化。

まあ、これ以上書くと敵がさらに増えるので、自主規制しよう。それにしても、橘木氏が「この分野の研究水準を高めるには、社会学者と経済学者の対話や共同研究が必要であると痛感している」(5)と巻頭言で書いているが、ここに倫理学者も含めてもらえるよう、頭を下げてお願いしに行かないといけないなあ、と思う。

近代医学の光と影 (世界史リブレット)

近代医学の光と影 (世界史リブレット)

ドイツにおける正統派医学の確立と、オルターナティブ医療との分離に焦点を絞った本。『近代医学の光と影』というタイトルは少しミスリーディングな気がするが、たいへん勉強になる。

イギリスの植物園やガーデニング文化の話。おもしろい。人名がたくさん出てくるので、人名索引があるといいのだが。ジョージ・ベンタムは出てこないようだ。

保健活動の歩み―人間・社会・健康

保健活動の歩み―人間・社会・健康

とんでもなく充実した内容の本。基本的には公衆衛生の歴史(近代はイギリスが中心)。勉強になる。内容からすると、著者は○系のようだ。

ダーウィン著作集〈1〉人間の進化と性淘汰(1)

ダーウィン著作集〈1〉人間の進化と性淘汰(1)

ダーウィンの勉強用。二巻目は古本でしか入手できないようだ→大学生協にあるようなので注文してみた。

*1:追記。オランダに留学していた某氏によれば、Parijsはオランダ語読みだと「パレイス」に近い発音になるそうだ。