え、こだまの世界?

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シビル・ミニマムの思想

シビル・ミニマムの思想

ところで保守・革新ともに、その戦略構成ないし政策科学の形成にあたっては、学者や官僚の伝統的な知的訓練では、これをなしとげることはできない。むしろあたらしい型のインテリいわば政策インテリの育成・結集こそが必要である。学者にみられる「永遠の相」の下における死体解剖型思考形態や、官僚にみられる有権的組織の下における法手続型思考形態とは異なる、操作的思考をもつ専門参謀型思考形態がこの政策インテリには必要とされる。しかもこの操作的思考には統計・調査など補助技術の習熟が必須である。151-2頁

「操作的思考」というのがわからんな。時代を感じる。インテリにも「啓蒙インテリ」「文人インテリ」「活動家インテリ」などいろいろいるようだ。

もちろん「カシの木の下」の民主主義という農業社会的コンミューンの単純な復活はもはやありえない。工業社会におけるコンミューンの再構成こそが必要なのである。地域民主主義による自治体改革は、このコンミューンの今日的展開として位置づけられなければならない。121頁

工業社会においては民主主義は間接民主主義にならざるをえないが、直接民主主義的な契機が地方自治によって回復されるというテーマ。

日本の戦後民主主義の構造的問題点、したがってまた革新政党の体質的欠陥は、地域ないし自治体における民主主義の形成を軽視してきたことである。よく指摘された革新運動の「足のない」幽霊性は、この自治体問題の軽視からきている。その結果、地域政治は、都市・農村ともに、ほとんど保守に独占され、、、120ページ

社会科学の現実遊離性

一般に講壇社会科学は、日本の具体的生活実態から遊離して、外国理論をモデルとして社会の構造分析ないし法則抽出を追求してきた。柳田民俗学はこのためにかえって存在理由をもったのである。ことに戦後、〈反封建〉をうたった近代主義理論は、欧米をユートピア化して〈近代〉を抽出し、それを日本に対置していった。〈現代〉の都市問題への視角を構築しえなかったのはむしろ当然であった。163ページ

哲学・倫理学も一緒だよな。