夜中
ほぼ定時起床。昨晩は目も疲れているのでマンガは適当なところで切り上げて就寝。食器を片付けてから二度寝。まだ体調が怪しい。
朝、シリアル、調べ物。
なぜ有限な存在者(の私)は真面目に自分の死について考えないのか
人(とくに私)は、有限な存在であるのに時間を無駄遣いしているのはなぜか、という問いについて考えてみる。すると、「有限な存在であることを忘れるために気晴らししている」という「意図的な無駄遣い説」が考えられるが、しかし、必ずしも意図的とは限らない。有限であること(死すべき存在であること)の認識は、重病で死にかけるなどの特定の条件が発動しないと、人々を動機づける種類の知識ではないのかもしれない。地動説が実際にはほとんど実感できないのと少し似ていて、人生が有限でありいつか死ぬという知識も、帰納的にほぼ確実な知識でありながら、十分な動機づけは与えないのかもしれない。
「それは君だけだろ。人生で唯一の動機付けは〆切のみ、なんて人は他にいないよ」
「失礼な。もう少しいろいろ動機付けはありますよ。あれとかこれとか」
「死は君の人生の一番大きな〆切だろうに。メメントモリだよ」
「〆切の日時がわからないところが問題なんですよね。いつも〆切が来てからがんばり出すので」
「その頃には君はあの世だよ」
朝、長風呂をしてしまう。それからコンビニに寄って大学へ。目が痛い気がするので無理しないようにしよう。ディスプレイを見つめすぎてはいけないが、それをしないと仕事にならないという…。Eインク媒体で仕事すべきか。
お昼すぎまでメールの返事など。お昼は某研究室でカップ蕎麦など。
昼下がり、少し一服してからオンラインで某定例ミーティングに出席。写真の整理。iCloudで管理していないからいろいろな端末に写真が散っている。PCを初期化するさいなどに気をつけること(たぶん忘れるだろうけど)。最近の写真はGoogle Photosでは保存されている。
ついでにポメラDM250に液晶シールを貼る。今回はうまくいったが、間違ってグレアを注文したようで、光が入り込んで今ひとつ。

夕方、授業のために某医学部へ移動。30分開始時刻を間違っていることに気づいたので、近所の喫茶店で一服。それから某授業。医療資源の配分。途中で喉が枯れてしまったり、時間を少し過ぎたりして、自己評価が3下がる。
夜、早めに帰宅してご飯を炊いてカレー。それからしばらく007を見たりスプラをしたりしてチルアウト。明日の予習をしよう。
