(高校の進路指導室にて)
「失礼しま〜す」
「お、K玉くんか。入りたまえ」
「カリクレス先生、よろしくお願いします」
「違う違う、カルッリクレスだよ、カルッリクレス」
「カカ、カルーリクレス先生…」
「いや、もっと小さくルを入れてだな…。まあそれはいいとして、そこに座りたまえ」
「はい」
「それで君は、進路についてどう考えているんだね」
「はあ、実は凶徒大学の文学部にある哲学科を目指したいと考えてまして…」
「何っ、きょ、凶大文学部の哲学科。そんなところに行って将来何をする気なんだ」
「はあ、できればその、哲学者になりたいと思っておりまして」
「何っ、てっ、てっ、哲学者。君は哲学者なんかになりたいのか」
「はあ、いろいろ人生について深く考えてみたいので。できれば倫理学などを」
「いかんいかん、そんなところに入っては。だいたい凶大の哲学科など、つまらぬ新書を書いて日銭を稼ぐ教授をはじめ、ろくな哲学者がおらんだろう」
「そうなんですか。その先生以外は、立派な先生方が多いと伺ったのですが」
「立派だろうとそうでなかろうと、そもそも哲学者は何の役にも立たんのだ。そうだ君、君は法学部を目指したまえ」
「え、法学部」
「そうだ、法学部だ。法学部こそ男の学部。法学部に進んで司法試験に合格してから政治家を目指すのだ」
「え、政治家」
「君は何もわかっとらんようだな。まあ、高校生や大学生のころに哲学にかぶれるのはかまわんよ。いろいろ世界や人生について考えてみたい年頃だろうからね。しかしね、大学院に上がって、中年にさしかかる頃まで哲学をやっているODたちや、初老の哲学教員を見ると、私はもうね、もうなっ、殴る蹴るの暴行を加えてやりたくなるのだっ」
「カ、カリクレス先生、どうかあまり興奮しないでください」
「うるさいっ。そそ、それどころか、文学部などというところにいる教員はみな、ペケペケしてチョンチョンしてやりたくなるのだっ。はあはあ」
「でも、文学部で研究している事柄も、社会にとって大事だと思うんですが」
「私に言わせれば、それは政治家になれない者が言うルサンチマンに満ちた言説だ」
「そもそも政治家というのはそんなによい職業なんですか」
「当たり前だろう、君。政治家こそっ。人間が選びうる最高の職業でありっ。男の中の男のための仕事だっ。ゼアズ・ノービジネス・ライク・ポリティシャンというだろう」
「そうなんですか。テレビのニュースを見ていると、大変そうですけど」
「そんなわけはない。君が見ているのはどうしようもない三流の政治家たちのことだろう。本物の政治家というのは、テレビ局も新聞社も何もかもを支配して、やりたい放題できるのだ。トランプ大統領を見てみたまえ。プーチン大統領を見てみたまえ。好き放題だろう。独裁こそが男の夢。気に入らない奴らは合法的に闇に葬っても罪に問われない。再選禁止規定を廃止して終身大統領になり、臓器を何度も移植して不老長寿を目指す。これこそが本物の正義だ。わは。わはははは」
「カリクレス先生は本当にそんなことを考えているんですか」
「当然だろう。君の担任も親も誰も本当のことを話さないが、私は君に真実を教えているのだ。そして、それこそが進路指導教員の役割なのだ」
「なるほど。では、今日、哲学の新書で学んだ対話の技術を用いて応答してみたいと思います。カリクレス先生は、なぜ政治家が男の中の男の仕事だと言っているのに、高校の教員をなさっているんですか」
「む、それはだな…」
「え、よく聞こえませんでした。どうしてその男の中の男の職業である政治家ではなく、一介の教員をなさっているんですか」
「あれだ。今は雌伏の時期で、私も力を付けたら選挙に臨もうとしているわけだ」
「いつ選挙に出るんですか」
「うむ、まあそうだな、次の次のそのまた次の衆院選ぐらいか。あ、もう下校時刻になったから今日の進路指導はここまでとしよう。ではまた、K玉くん」