米国のNAPが『チーム科学の学問と実践』という報告書を出していたので、少し自分の経験に照らして考えてみた。
The National Academies of Sciences, Engineering and Medicine, The Science and Practice of Team Science, The Science and Practice of Team Science (Washington, D.C.: National Academies Press, 2025) <https://doi.org/10.17226/29043>
最初に「人社系」と書いたが、倫理学・哲学は人文系に分類されるので、以下は「人文系」で。
共同研究の重要性に気付くのは、実際に共同研究をするようになってからであり、さらに言えば、その本当の重要性に気付くのは、共同研究を率いるようになってからと言える。これは上記報告書にあるように、大学院などで共同研究(チーム科学)に関する教育が行われるようになれば変わるだろう。
しかし、私の院生時代にはそういう教育は当然なかったので、OJTあるいはhard wayで学ぶしかなかった。そもそも人文系の大半は一匹狼で研究して、共著論文も書かない文化である*1。社会人としての自覚がないまま30歳前後まで育ってしまうため、人格的にも未熟な場合が多い。
そこで、私の場合、医学部に就職していきなり医療倫理という文脈で共同研究をするようになって、自分も苦労をしたし、周りの人に苦労もかけた(すみません)。具体的には、いくつかの共著論文の他に、某センターの運営、某教育コース作り、某教科書作り、研究費申請など、いろいろ共同研究(に伴う共同作業)をした。当時の私は、まったく共同研究とはいかなるものかについてわかっていなかったと言ってよい。
考えてみれば、人文系でいくつか大きめの科研費グループなどにも入れてもらっていたが、そこでも共同研究をするという雰囲気はあまりなかった。研究分担者に研究費を配分してそれぞれが研究して、研究会で発表して懇親会をして報告書を作って終わり、という感じ。誰かがリーダーシップを取って研究の舵を取るというようなものは科研費ではほとんど見なかった。というか、共同研究が何かを知らないので、見えていなかったとも言える。
自分が研究代表者(PI)になって共同研究の研究費を取るようになってもしばらく同じ状態が続いたが、転機になったのはRISTEXの某研究助成だった。RISTEXの研究者トレーニングが奏功したのかはさておき、ちょうどCovid-19パンデミックでslackとZoomが研究者に普及して、共同研究者間のコミュニケーションが格段に取りやすくなったからというのが大きな要因だった。今思えば、メールとかML以外ではコミュニケーションが取れないのに(電話もしないし)、遠方の人々と実質的な共同研究をするのは無理だったのだ。
slackやZoomが使えるようになり、また仕事の振り分けやスケジュール管理などの共同研究の基礎的な仕事の重要性を認識するようになって、ようやくチーム研究の可能性や課題について考えるようになった。これが40代半ばのことだから、OJTだと効率が悪すぎるだろう。人文系も共同研究のグループで活躍できるための早期教育が必要だ。共同研究は人間関係の調整も必要になるので、そういったことも学ぶ必要がある。
上記の報告書は理系視点だとは思うが、学際的なチーム研究の理論と実践(最近の動向としてmultiteam systemsの話など)、現状と課題(評価をどうするか、共同研究インフラ整備の必要性など)について論じている。一方で、パワハラとか研究公正についての視点が欠けているのが気になるところ。今までこうした論点をぼんやりとしか考えてこなかったので、もう少し真面目に考えるようにしよう。
*1:唯一、人文系の共同研究と言えるのが共著書や共訳である。人文系の共著書は大抵原稿が予定通りに集まらずに出版に苦労するので私は基本的に避けている。共訳や監訳もかなりのリーダーシップが求められる。