え、こだまの世界?

Every day is like survival

LANケーブル、某校正、「またはそのおそれがある場合」など

朝、遅めに起床。食器の片付け、シリアル、新聞、シャワー。アマゾンのセールにつられて少し買い物。

午前中、自宅のLANケーブルを6から6aに変える作業。7を買うべきだったかもしれないが、たぶん6aで大丈夫だろうと判断した。その後、メールの返事その他。

お昼はざる蕎麦など。

お昼すぎ、メールの返事や授業準備など。しばらく猫と一緒に仮眠。

昼下がりから某インタビュー原稿に手を入れる作業。日が暮れるまで。

夜、(たこ)焼きを作って食べる。エリンギを入れたが、卵は使ってしまった。

 

「またはそのおそれがある場合」

〜のおそれがあるときに、どう対応すべきかというのは面白い問題だ。

「相手国が攻撃してくるおそれがある」ときに先手を打って攻撃すると、予防的な先制攻撃になり、戦争のもとになってしまうから、できるだけその口実は与えない方がよいだろう。つまり、おそれがあるだけで攻撃してはいけない(この議論は加藤尚武『戦争倫理学』第13章ガンマンの正義)。

緊急事態宣言の発出に関して「危機あるいは危機に陥るおそれがある場合に宣言を発出する」というのは、危機が到来して危機管理のフェーズに入ったのか、あるいは危機回避のために最大限のことをするリスク管理のフェーズなのかはっきりしない。もちろん危機に至る状況というのは連続的な悪化であり、線引きは難しい。しかし、両者の対応を明確に分けておかないと、平時の感覚や行動指針で有事に対応しようとして失敗する可能性や、まだ平時なのに有事の指針で対応してしまう危険があるだろう。

そのように考えると、「またはそのおそれがある場合」という記述は注意が必要である。

『戦争倫理学』の第14章の日本の自衛権をめぐる議論も読み直すと面白い。「自衛戦争を認めてしまうと、また際限なく戦争が起こってしまうから、自衛戦争も含めて交戦権と認めない方が良い」という趣旨の幣原喜重郎の主張は、滑りやすい坂論だと言える。たしかに自衛権を認めると先制攻撃などを通じて戦争が行われる可能性があるかもしれない。しかし、何か別の仕方で線引きをすることはできないのだろうか。

夜中

エアロバイクに乗りながら京大の行く末について考える作業。暑い。

しかし、よく考えるとゲーテ・インスティトゥートというのはすごいネーミングだな。他はブリティッシュカウンシルとか日仏会館なのに。ジャパンセンターの代わりにソーセキ・センターとか名付けるようなものか。

シャワー。

 

よく寝た

(@skodama.bsky.social) 2025-04-18T23:08:10.355Z

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AndroidでもChrome PCにミラーリングできるのか。ストリーミングというようだ

(@skodama.bsky.social) 2025-04-18T23:46:58.552Z

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www.bbc.co.uk/sounds/play/... 面白い

(@skodama.bsky.social) 2025-04-19T01:54:20.367Z

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暑い

(@skodama.bsky.social) 2025-04-19T07:30:59.802Z

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music.apple.com/jp/album/%E6... 別々に生きた方がお互い長生きできる

(@skodama.bsky.social) 2025-04-19T12:55:46.734Z

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