え、こだまの世界?

Every day is like survival

某会議、『新・動物の解放』など

夕方

遅めに起床。シリアル、朝刊、風呂。マンガ、動物の解放。

午前中、エアロバイクに乗りながら、動物の解放を読む。

お昼、蕎麦など。

お昼すぎ、少し仮眠。それから某妻と自転車で三条へ。

某喫茶店にて、某オンラインミーティングに参加。しかし、すぐに混んできたので帰宅。少しお腹の調子が悪くなり、横になって夕方までミーティング。

夕方、シンガー本の書評の準備を始める。夜、夕食。KISSのドキュメンタリを少し見る。それからまた某書評の準備。

夜中

下記のメモ書きを使って書評を半分ぐらい書く。まあ2000字ぐらいだから明日中にさっさとやるようにしよう。

新・動物の解放

 

某所で書評を書かないといけなくなったので、一通り読む。下記はメモ。

  • タイトルのAnimal Liberation Nowは、『動物の解放の現在』とも訳せるし、『今こそ動物の解放を』とも訳せそう(下記のTシャツを参照)。おそらくそういう議論があって、この訳に落ち着いたのだろう。
  • 初版は1975年(翻訳1988年)、第二版は1990年(翻訳2011年は、その2009年の改訂版に基づく)、最新の第三版は2023年(翻訳は2024年)。私が大学院生のころは初版の翻訳しかなくて、あまりきっちり読んだ記憶がない。
  • よく知られているように、この本の元になったのは同名(Animal Liberation)という1973年にNYRBに掲載された書評論文。
  • 動物実験や工場畜産の現状とか、動物福祉の規制などはどうしても事実についての記述が古くなりがちで、ややもすると歴史的意義しか持たなくなるが、シンガーは第二章(動物実験)と第三章(工場畜産)を大幅に書き直していてすごい。と思ったら、最後の謝辞で、人を雇ったりしていろいろな人に手伝ってもらったことが記されている。とはいえ、情報をアップデートするのは大変偉いと思う。1975年のときはNYで自分で図書館などに行って調べたと自伝にあるが、それも偉いと思う。
  • 工場畜産に比べて動物実験はかなり規制が進んだのに、LD50試験やドレイズ試験がまだ行われていてがっかりしたという第2章の記述などは興味深い。
  • 第一章(イントロ)、第二章(動物実験)、第三章(工場畜産)、第四章(倫理的な生き方としてのベジタリアズム)、第五章(種差別の哲学史)、第六章(種差別を支持するよくある議論に答える)、という構成。差別をなくすにはまず事実を知らないといけない、というので第二章や第三章があり、また差別をなくすにはその誤った正当化の歴史も知らないければならない(系譜学)というので第五章があり、第六章でようやくベジタリアニズムに対するよくある批判に答える、という構成になっている。この構成はよくできているようにも見えるが、「飢えと豊かさと道徳」という論文を発展させた『あなたが救える命』に比べると、哲学的な議論に行きつくまでが長い気もする。
  • 第6章の哲学的議論もアップデートされていて勉強になる。植物の痛覚についてはより理解を示すようになっているが、とはいえ動物に植物を大量に食べさせて動物を食べるのは認められないという。ちなみに、ウィリアムズが2006年に論文を書いたかのような書きぶりになっているが(原文も訳文も)、ウィリアムズは2003年に死んでいるのでちょっとミスリーディングだろう。
  • 訳者解説はシンガーに対するさまざまな角度からの鋭い批判もあって勉強になる。いつかきちんと検討してみたい。
  • とりあえずここまでで。
  • 続き。過去の自分の日記などを漁ってみると、2014年にシンガーの訳書などを一覧にしたブログがあったが、また折を見て更新するか。イギリスに留学中の2001年に「菜食主義」という項目を書いているな。このときもおそらくAnimal Liberationの書評論文の方を読んでいたようだ。70年代はベジタリアンはヒッピーのすることだと思われていた、という(雑誌記事からの)引用もあるが、日本でもとくに21世紀に入ってからずいぶん理解が進んだと言える。アニマルウェルフェアという言葉がかなり定着し、アニマルライツセンターなどの活動も目立つようになった。周りで動物倫理の研究者もずいぶん増えた。
  • 「わたしが[『動物の解放』を]書いたとき、わたしはこの本が世界を変えると本気で考えていた。今日ではちょっと大それたことに聞こえると思うけれど、当時はまだわれわれにとっては60年代が続いていたんだ。本当の変革が可能であるように思えたし、わたしはこの本によってその一つが達成されると思っていた。ちょっと街に出てマクドナルドに行ってみるといい、わたしがそれほど成功しなかったことがわかるから」この発言は2002年のHelga Kuhse編Unsanctifying Human Lifeに引用されているが(p. 11)、『新・動物の解放』でも「明らかに、肉の不買を呼びかける私の試みは無残な失敗に終わった」(第4章213頁)と吐露している。世界的に見たら肉の消費量は増えているため。とはいえ、第6章である程度の前進があったことも認めているが。

  • よく知られているように、初版と大きく違うのは、気候変動の問題(第4章)。畜産が気候変動に大きな影響を持っているというのは、さらにベジタリアンになるべき理由となる。
  • 私自身は大学生の頃から緩いベジタリアンだが、最初は教養の某先生の影響でどちらかと言えば環境問題(持続可能性)や健康への影響からベジタリアンになったように記憶している(学部生のときはまだ自己意識がなかったので、あまり自信がないが)。それからどちらかと言えば『実践の倫理』でシンガーのベジタリアニズムを学んだのではないかと思う。上でも書いたが、日本(の京都)では90年代にはまだまだベジタリアンは変人だった。2000年代に白浜(和歌山)のホテルに行ったときに事前にベジタリアンと知らせていたのに夕食に肉料理が出されて、ホテルの人に「ベジタリアンというのは野菜を食べない人だと思っていました」と言われたのはよい思い出。2010年代以降はベジタリアンの外国人旅行客も増えて、ベジタリアンの店も増えたという印象。
  • シンガーがなぜこんなことを考えるようになったかというのも面白いテーマで、『新・動物の解放』にも、また以前翻訳した『なぜヴィーガンか』にも、シンガーが1960年代末に夫婦でオックスフォードに留学していた時代の思い出話がある。詳しくはThe Oxford Groupという本がおもしろい。

 

 

 

 

 

 

アメリトランプ大統領の「相互関税」めぐり そもそも関税とは誰が払うの? 経済はどうなる?【QA解説】 | NHK | 関税

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「哲学はその時代の基本的想定を問うべきものである。批判的かつ入念に、大半の者が当たり前と思う事柄について考え抜くことこそ、哲学の主たる仕事であり、哲学を有意義な活動たらしめる仕事であるに違いない。」 ピーター・シンガー『新・動物の解放』

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