定時起床。階段を下りると気配を察してニャーニャー鳴くので、まずネコの食事とトイレ掃除、それから食器の片付け。食事をしたあとも少し鳴くので、相手してくれということか。もうちょっとはっきりしゃべってくれると助かるのだが。
早朝、某翻訳チェック、某授業準備など。二度寝できず。
朝、某先生とオンライン打ち合わせ。それからシリアル、新聞。日本版DBS(Disclosure and Barring Service)を盛り込んだこども性暴力防止法成立とのこと。ほとんどの人は性犯罪者には共感しないせいか、児童への性犯罪予防のためにかなりの自由の制限を含む法律ができてしまった気がするが、大丈夫なんかな。よく勉強しよう。
朝、身支度をして京都駅に行き、新幹線に乗る。まず深刻なメールを一通、名古屋駅を通過してしばらく経つぐらいの時間をかけて書いて発送。それからもしばらくメールの返事。

メールの返事をしていたら富士山を過ぎ、某フォーラムにコメントしていたら仮眠する間もなく東京に着いてしまった。のぞみ号、もう少しゆっくり走ってくれないかな。私と同じ名前の新幹線になるべきなのか…
というわけで本郷へ。某所でサンラーメン。誘惑に勝てず、替え玉を頼んでしまう。
古巣の某研究室へ。会議用に元教授室を使わせてもらう…。
お昼すぎから2時間ほどオンラインで某会議。発言の機会があり、緊張する。端から見れば、PCにしゃべりかけているだけなのだが。認識(信念)が我々の態度に与える影響というのは恐ろしいものだ。
夕方、しばらく明日の授業の準備など。これから某非常勤(公衆衛生倫理)。すでに眠い気もするが、がんばろう。
夜、某講義。ちょっと予習不足のところもあったが、無事に終了。某氏に東京駅まで見送っていただく。弁当を買って新幹線へ。何通か重要なメール。少し予習やメールの返事をしないといけないが、とりあえず少し休憩するべきか。
新幹線では少し寝て、少し明日の予習など。あっという間に京都駅。奈良線と京阪を使って帰宅中。疲れた。
深夜に帰宅。シャワー。寝るべし。下記ツイートは公衆衛生の特徴についての啓発的な意見を受けてコメントしたもの。
今日も噴火してませんでした pic.twitter.com/NQsrcpGCBf
— 児玉聡 (@s_kodama) 2024年6月20日
やはり、あのコロナ禍を経験しているからだと思います。もうトラウマ。しかも私は喫煙者ですw
— 國本康浩🐾 (@hiroKunimoto) 2024年6月19日
確かに公衆衛生であれ政治であれ社会であれ個人へ介入する点では同じですが、その経験の形式(?)は、あるいは反抗を構想する余地(?)は、政治・社会と公衆衛生ではずいぶん異なるように思えます。 https://t.co/QaT5sdr3oJ
例えば「住民主体の公衆衛生活動もある」との好意的な(?)ご指摘は、むしろ私にはある種の恐怖すら感じさせます。
— 國本康浩🐾 (@hiroKunimoto) 2024年6月19日
私特有の認知の歪みかもしれませんが、科学と政治が中心となったトップダウンの権威的な公衆衛生の方が、まだマシだとすら思ってしまいます。
社会の細胞としての地域住民への恐怖?
貴重なコメントありがとうございます。元々の意図は、例えば自殺に対する認識が個人的な問題から社会的な問題へと変わったことを指して、個人的な問題は公衆衛生的な問題と述べたんだと思いますが、ご指摘のような(フーコー的な?)生権力をも想起させるものだと思います。
— 児玉聡 (@s_kodama) 2024年6月19日
ただ、権力や強制という点では、たとえば増税一般、あるいは教育(道徳教育の実施や、国家斉唱など)にも同じ要素があり、それへの市民の賛意や抵抗も、同じような構造ではないかと思います。つまり、公衆衛生だけ「邪悪」なものとする理由があまりないということです。
— 児玉聡 (@s_kodama) 2024年6月19日
公衆衛生public healthは公共政策public policyの一種であるというのが私の認識で、ご指摘のような特殊性はないと思うのですが、私の考えがまだ足りないかもしれません。ご指摘ありがとうございます。
— 児玉聡 (@s_kodama) 2024年6月19日
こちらこそ、ありがとうございます。
— 國本康浩🐾 (@hiroKunimoto) 2024年6月20日
もうちょっとだけ、こだわってみると、確かにどれも「邪悪」なのですが、増税や道徳教育・国歌斉唱とは異なり、公衆衛生は幾分ハードな「科学」を内蔵している点が特異で、その分だけ反抗を構想する余地がなく、むしろ過熱しがちになる(事実なった)と思います。 https://t.co/yTTsaLTeSs
なるほど、「医学(科学)の権威」によって政策が抗いがたいものになるということですね。どのような政策にも広い意味での科学的エビデンスがあることが望ましいと思いますが、そうした科学的エビデンスからどのような規範的判断が導けるかということを問題にしないといけない、と私は思います。
— 児玉聡 (@s_kodama) 2024年6月20日
例えば、「喫煙は健康に悪い」から「喫煙を禁止すべきだ」という判断をする人がいたら、私なら、科学的事実は間違っていないとしても、推論に穴があると主張して、反抗すると思います。
— 児玉聡 (@s_kodama) 2024年6月20日
公衆衛生政策に対する問題意識がよくわかりました。ありがとうございます。