こだまの世界

A day in the life of...

不倫についての対話

愚か者は次のように真剣に主張した。「自分の生存と幸福は自分自身に任されているのだから、 各人が自分の生存と幸福の役に立つと思われることを行なわない理由はない。またそこで、結婚をすることもしないことも、結婚の誓いを守ることも守らないことも、自分の役に立つ場合は理性に反することではない」と。愚か者はこう言うが、彼は結婚制度があるべきでないと言うわけではない。結婚の誓いがときに守られ、ときに破られることを否定しているわけでもない。また、結婚の誓いの違反が不倫と呼ばれ、誓いの遵守が貞節と呼ばれることを否定しているわけでもない。ただ彼は、不倫が各人に自分自身の善の追求を命じる理性に反しないこともあるのではないかと問うているのである」。

「なんか不倫ってそんなに厳しく制裁されるものでしたっけ? 昼ドラはいつも不倫を扱ってるのかと思ってましたけど」

「最近はセクハラとかと同じで、厳しくなってるんでしょう」

「しかし、セクハラは他者危害だけど、不倫は合意のうえではないんですか」

「いやいや、結婚がある種の約束なわけだけから、約束破りであり、裏切りなんでしょう」

「なるほど。正義に反するというわけですね。普遍化できない格率を持っていたというか。それにしても周りの人の制裁というか村八分度がひどくないですか。あれはルサンチマンか何かではないのですか」

「もちろん、約束という制度を維持するためには、それに反する行為をした人を強く罰しないといけないわけです。大目に見ていたら、一夫一妻制度が維持できませんからね。」

「ちょっと昔は不倫なんて当たりまえだったんじゃないんですか」

「もちろん昔は奴隷制だってありました。昔は腐敗していたのです。日本人も道徳的に進歩して、許されなくなったんです」

「しかし、不倫をしたのは当人の責任なんですかね。不倫をしてはならないという教育は、誰も受けてないわけでしょう。やはり、不倫はだめだというe-learningシステムとか、教育制度を作らないといけないんじゃないですかね。そういう教育を受けていなかったのは、本人の責任ではないから、本人を責めるのは間違ってるんじゃないですかね」

「それはいかにも戦後民主主義教育の発想ですね。不倫がだめなことは実践理性を少し働かせてみればわかります。そもそも自然法ですから」

「そうなんですかね。見つからなければ不倫も合理的なのではないでしょうか。ホッブズも上のように言っていますし、ヒュームも次のように言っています。「結婚制度を尊重しなくては、社会は存続しえないことを認めたとしよう。しかし、人の世は不完全な仕方で運営されているため、賢明なならず者は、特定の事例において、こう考えるかもしれない。「ここで不倫をしても、結婚制度をひどく損なうことなしに、自分の性欲をかなり満たすことができるだろう。『不倫しないのが一番』というのは一般的な規則としては善いが、例外はたくさんあるものだ」と。そして、彼は、一般的な規則に従うが、すべての例外を利用する、非常に賢明な人だとみなされるかもしれない。」

「なるほど、うまいこと言いますね。ギュゲスの指輪でもあれば、好きなようにできるでしょうけどね。ただ、今は防犯カメラやスマホGPSやらで人々の透明性はますます高まっていますから、悪いことはしないのが道徳的であるばかりでなく、合理的でもあると思いますよ」

「そうですね。しかし、考えてみると、社会契約には合理性はありますが、結婚にはあまり合理性がないような気がしてきました。結婚制度がなければ不倫もないわけだから、この一夫一妻制度をやめればよいのではないでしょうか」

「そうですね。ルソーも「人はみな独身で生まれた。しかし、至るところで結婚の鎖につながれている」と喝破し、「独身に帰れ」と説いたと言われています」

「もっとシングルマザーあるいはシングルファザーとその子どもへの社会保障が手厚くなれば、そういうことも可能になるのではないでしょうか」

「いや、どうでしょうかね。われわれの嫉妬とか独占欲というのは根強いので、そんなに簡単には変わらないんじゃないですかね。サルトルのように男性側の都合のよい論理に終わるんじゃないかと思いますよ。不倫するぐらいなら先に離婚したらいいんじゃないですかね」